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「現代人の読書」ミステリの余白に [短編・雑文]

 先に紹介した「現代人の読書」には、最近ではほとんど「死語」となった、蔵書の手引きとして、さまざまな「名作リスト」が掲載されている。いわゆる「古典」がメインだが。この手のものにしては珍しくいわゆるエンタテインメントのリストも掲載されている(といっても、当然最近のものは入っていないが、数十年前にこの手のリストにまで目配りした著者の紀田順一郎氏はさすがだと思う)。この中から私自身が読んでみて感心した、あるいは世評と違って落胆したものなど、気になったものをいくつかピックアッブしてみた。

★推理小説の路標的名作90冊(海外ミステリ)
・コリンズ「月長石」
 これは創元推理全集の1冊本で読んだ。いわゆる日記形式で話が進んで行くもので、普通の伝奇娯楽小説としても飽きずに読める。というか、かんじんの謎解きはちょっと腰砕けで途中からどうでもいい感じになってしまい、ほめられたものではない。犯人もとってつけたようなもので、推理小説としては失格。それでもおもしろいのだから、コリンズの作家としての力量は、相当なものなのだと思う。
・ドイル「ホームズの冒険」「バスカヴィルの犬」
 ホームズの短編集の中では、やはりこの第一短編集が最も密度が濃い。「赤毛組合」などトリックも意表をついていて楽しめる。ただし、評判の「まだらの紐」は、つまらなかった。ホームズの推理は、必要条件だけで突き進み必要十分条件を満たしていない場合がほとんどなので、粗がでない短編の方が読んでいて納得できる。4作ある長編ではやはり「バスカヴィルの犬」だろうが、ちゃんとした翻訳より、子どものとき読んだ久米元一訳の講談社版がいちばん怖かったなぁ。
・フットレル「完全脱獄」
 思考機械シリーズの一編で、不可能と思われる脱出に成功する話である。一種の密室もので、この手のリストには必ず取り上げられるが、機械的かつ偶然性に頼ったもので、種明かしされても不満が残る。
・ガストン・ルルー「黄色い部屋」
 ということで、こちらは心理的な部分に目をつけた密室ものの代表作だが、私はなんとなく肩すかしをくらったような気がした。密室もので、「あ、なぁるほど」と思ったのは、ノックスの短編「密室の行者」くらいのものである。
・ベントレー「トレント最後の事件」
 無味乾燥な本格推理に生きている人間が登場し、恋愛もするということで話題となったようなのだが、松本清張以降の推理小説では当たり前のことで、私には退屈、退屈。
・フィルポッツ「赤毛のレドメイン」
 私がベスト10を組んだら間違いなく入れる。それほど読んでいておもしろく、以後、私は似たような状況の小説に接すると(意外と多い)、これを「レドメイン効果」と呼ぶようになった。「本物」の探偵が登場してくるあたり、「あっ、そうだったのか」とゾクゾクするような興奮を覚えたものだ。ただし、評論家の中島河太郎氏推薦の「闇からの声」は、駄作とは言わないが、それほどのものとは思えなかった。
・ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」
 これもベスト10級の名作。犯人が天才的な大物なので、そのぶん名探偵の推理も冴えるというものである。ただ、やはり動機が弱く、松本清張が動機というものを重視するようになったのもこうした「名作」の影響だと思う。並び称せられる「グリーン家殺人事件」は退屈。こちらが犯人がわかってしまっているのに、名探偵ファイロ・バンスは右往左往するばかりで、馬鹿に見えてしまう。
・クイーン「オランダ靴の秘密」
 クイーンの「国名シリーズ」からは「オランダ靴の秘密」が入選だが、やはり「エジプト十字架の秘密」だろう。不気味な感じがなかなかよく出ていた。パズルじゃないんだから、やはり小説には雰囲気というものが必要なのである。
・バーナビー・ロス「Xの悲劇」「Yの悲劇」「レーン最後の事件」
 ロス(クィーンの別名)からはなんと4作中3作が入選。「X」と「Y」については全く意義はない。この2作はどちらもベスト10級の名作であると言っても異論はないと思う。が、「最後の事件」は「ウウム……」としか言いようがない。クイーンは、ある大きなトリックの作品を書こうと考えたのだが、クイーン名義の作品はクイーンが活躍する話なのでそのトリックにそぐわない。そこで、ロスというペンネームを新たに作り、4部作として構想したのだが、トリック自体は最後まで書き切ったもののラストは力つきて退屈なものになってしまった。映画に合わせて☆をつけると「Xの悲劇」☆☆☆☆★「Yの悲劇」☆☆☆☆★★「Zの悲劇」☆☆☆★★「レーン最後の事件」☆☆☆といったところか。
・チャンドラー「大いなる眠り」
 尊敬する映画評論家・故・双葉十三郎さんの訳で読んだのだが、つまらなかったなぁ。「長いお別れ」や「プレイバック」「さらば愛しき女」などいつくか読んだのだが、おもしろいと思ったものは1冊もないので、多分、チャンドラー(やハメット、ロス・マクドナルドなどのいわゆるハードボイルド)は生理的に合わないのだろうと思う。
・アイリッシュ「幻の女」
 あの乱歩が絶賛したので評価が上がった、とみる向きもあるが、確かにおもしろい。気取ったムードたっぷりの書き出しにうまく乗れたらもう途中でやめることはできないはずだ。その後、多くのミステリで使われた、いたはずの人間がその後訪ねてみると誰も知らないというパターンの元祖といっていい。犯人は確かに意外だが、そこに至る過程はけっこういいかげんなので、ムード・ミステリの最高峰とでも言っておこう。

★探偵小説名作五十選(日本のミステリ)
・江戸川乱歩「二銭銅貨」「心理試験」「陰獣」「化人幻戯」
 なんと乱歩だけで4作も入っている。乱歩の名前は子どものころから「少年探偵団」で知っており、小学生になって図書館で借りた小説の作者が「エドガー・アラン・ポー」とそっくりなので驚いた記憶がある(^^;。乱歩の初期の短編は、いずれもワン・アイデアで書いていけるものなので、私もいくつか書いてみたがどうもうまくいかない。乱歩の文体、書き方が重要なんだと指摘した清張はさすがである。「化人幻戯」は後期の長編で本格的な構成をもったものだが、やはり長編を支えるにはプロットが弱い。ところで、ここに取り上げられた4作にしろ、「屋根裏の散歩者」「人間椅子 」などにしろタイトルの付け方のうまさか。個人的には乱歩が通俗小説を書いてしまったと自己嫌悪に陥ったという「孤島の鬼」(とくにその前半の「手紙」)が好きである。
・横溝正史「本陣殺人事件」「蝶々殺人事件」「悪魔の手鞠唄」
 横溝は3作。「本陣」は、かの金田一登場の第1作ということもあって選ばれたのだろうが、機械的密室トリックはおもしろくない。「悪魔の手鞠唄」および(選には入っていないが)「獄門島」などは雰囲気もたっぷりで、トリックにも創意工夫が見られるが、いかんせん、動機があまりに適当である。「蝶々殺人事件」はずっと本格的な作りなのだが、いかんせん主人公のキャラクターが弱い。なぜ横溝の書くものが金田一ばかりになってしまったのかがこれを読むとよくわかる(そういえば内田康夫にもいろいろな探偵のシリーズがあったけど、結局のこったのは浅見光彦のシリーズだけだもんね)。
・松本清張「点と線」「目の壁」「ゼロの焦点」
 清張も3作が入選。「点と線」は例の東京駅の4分間があまりにも有名になったが(ミステリにはこのような記憶に残る「ワンシーン」「一言」が重要)、今なら誰しもが真っ先に思いつく乗り物が物語中では盲点になっているのが、時代の変化とはいえちょっと悲しい。個人的に1冊を選ぶとしたら「目の壁」かな。いずれにしても、清張はミステリだけでなく時代小説、ドキュメンタリー(風)小説、古代史や現代史の探訪などいろいろな分野に手を出し、その著作量もはんぱではないが、ほとんどクズがないのが素晴らしい(フアンの人、怒るなかれ。乱歩の「大暗室」や横溝の「白と黒」など読むに耐えなかった)。
・土屋隆夫「危険な童話」
 そんなに読んでいるわけではないが、「危険な童話」のほかにも「天国は遠すぎる」「影の告発」「赤の組曲」「針の誘い」「妻に捧げる犯罪」など、どれも傑作というわけにはいかないが、この人もクズが少ない。確か長編は20作もないはず。きちんと構成された推理小説はそう簡単に書けるものではないのだから、この乱作しないのは評価に値する。あのヴァン・ダインも全12作書いただけなのに相当ひどいものもある(水準以上の作品をコンスタントに生み出したクリスティは例外)。1冊選べと言われたら、「影の告発」かな。

 ということで、またその気になったら「SF」に関するコメントを書きます。さて、いつになりますことやら。。。。。。。
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