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ポン!ポン!ポン! [短編・雑文]

ポン!ポン!ポン!


「わはははははははは」
「な、何ですか、あれは?」
「いや、別に心配はいりません」
「そう言われてもいきなり笑われたんじゃ心配にもなりますよ。私、何か笑われるようなことしました?」
「いや、してないと思いますよ。あれは『全身を足の裏に教』のメモリーの人ですから」「わはははははははは」
「全身を、−足の裏教?」
「はい」
「宗教なんですか、それ?」
「まあ、そのようなものです」
「しかし、ただ馬鹿みたいに笑っているだけのように見えるのですが」
「そうです。ただ笑っているだけです」
「ただ笑っていて全身が足の裏になるもんなんですか」
「なるわけないでしょう。教義は、いつも虐げられている足の裏をも救う、という大層なものですがね。すべての宗教がそうだとは言いませんが、まあ一種の妄想のようなものでしょう。しかしですね、ああして大声で笑うと、うじうじしている自分が馬鹿馬鹿しくなって気分が何となくすっきりするじゃないですか。その錯覚というか、気持ちが大事なんですよ」
「はあ。そういうもんなんですかね」
「そういうもんなんです。多分」
「ハイヒールットラー!」
「わわっ、びっくりした。な、何なんです、今、右手を挙げて走って行った男は?」
「ああ、彼ですか。それにしても、いちいちオーバーに驚く人ですねえ。彼も別に心配はいりません。彼は『独裁者願望』のメモリーですよ」
「独裁者願望?」
「そうです。誰だって独裁者になって世界を意のままに動かしてみたい、という願望をもっているでしょ」
「それは私もそういうこと全く考えたことがないとは言いませんが、しかし、独裁者だったら、ハイヒ−」
「ルットラー」
「その、ルットラーじゃなくて、ヒットラーなんじゃないんですか?」
「勿論、ヒットラーのメモリーもありますが、彼の場合、ここだけの話ですがはっきり言って貧乏人で希望金額が梅ですからね」
「梅?」
「そうです。松・竹・梅の梅です」
「というと、メモリーにもランクがあるわけですか?」
「はは、おもしろい冗談ですねえ。いや、実におもしろい。当然じゃないですか。火葬場にだってランクがある時代ですよ。当社は慈善事業をしているわけではありませんからね。たとえば、独裁者願望のメモリーでは、今あなたが言われたヒットラーのメモリーが松、スターリンが竹、ルットラーが梅というわけです」
「しかし、ヒットラーとスターリンはわかりますが、いったい何者なんです、そのルットラー、というのは?」
「ええっ。ルットラーを知らない?」
「はあ……、その、−世界史はいささか苦手でしたので」
「ルットラーという人物はですね、南の島で何と三十年に亙って独裁の限りを尽くした男なんですよ」
「ほう」
「もっとも、住んでいたのは、その無人島に漂着したルットラー一人だけなんですがね」「…………」
「やあ、きみかね。新しいメモリーの希望者というのは」
「あ、あの、どなた様でしょうか?」
「何、わしを知らない!」
「す、済みません」
「何、謝ることはない。わしは、この会社の社長じゃよ」
「あわわ、社長様でしたか。知らぬこととはいえ、どうぞよろしくお願いします」
「うむ。で、きみはどんなメモリーを希望しているのかね」
「はい。その、私、自分で言うのも何なんですが、お見かけ通りの小心者でして、会社では後輩や女にまで馬鹿にされる始末で、何をやっても自信が持てませんもので、ひとつ自分に自信のつくメモリーをお願いしたいと思いまして」
「ほう。自信をつけたいと」
「だめでしょうか?」
「任せなさい!」
「び、びっくりした。突然大声を出さないで下さいよ」
「はっはっは。地声が大きいのは生まれつきでな。いや、失礼失礼」
「で、自信のつくメモリーはあるのでしょうか?」
「勿論。きみにぴったりのメモリーがある」
「と、いいますと?」
「松山メモリーじゃよ」
「松山メモリー?」
「そうじゃ。一代にして大松山電器産業を起こしたあの松山幸之介のメモリーじゃよ」
「ええっ、あの販売の神様ともいわれ、松山経政塾も作られた」
「不満かね」
「いえ。と、とんでもない。そんなすごいメモリーがあるんですか。いや、願ってもないことでして、はい」
「まあ、彼のメモリーなら絶対だな。ま、せいぜい自信をつけてくれたまえ。では、わしは忙しいのでこのへんで失敬するよ。はははは」
「いやあ、さすが社長ですねえ。話し方にも貫禄がありますよ」
「いえいえ、あの方もユーザーでして」
「えっ、すると−」
「そういうことです。あの方もあなたと同じように自信をつけたいと言ってきたユーザーでして、今、松山幸之介メモリーの支配下にあるんです」
「じゃあ、松山メモリーは使用中ということですか」
「はは、そうがっかりしないで。自信のつくメモリーは掃いて捨てるほどたくさんありますから」
「そうですか、安心しました。しかし、いったいメモリーというのはどういうものなんですか?」
「えっ、メモリーの何たるかも知らないでここへ来たのですか」
「す、済みません」
「しょうがないですねえ。では、簡単に説明しましょう。メモリーとは、一言で言って、他人の記憶を生きることです」
「それは、わかっています。私がききたいのは、そのシステムのことなんです」
「まあ、どうせわからないでしょうからさらに簡単に説明しょう。ある人物、これを仮にAとしましょう、このAの記憶を希望する人、これをBとします。で、AのメモリーをBに注入するわけです。すると、一定時間、今までの例ですとだいだい一日くらいですが、BはAの記憶の支配下状態になるわけです。つまりBはAになりきってしまうわけです」「何となくわかったようでわからないような……」
「大丈夫。原理がわからなくてもテレビを見ることはできるでしょ。原理がわからないとメモリーがきかないということはありませんから」
「その、メモリーというのは、大脳から何か抽出したものでも使うわけですか」
「とは限りません。といいますのも、これがわかったのはわりと最近のことなんですが、実は記憶というものは大脳だけではなく、その人を構成していた細胞のすべてにあるのですよ」
「あ、そうなんですか」
「そうなんです。考えてみれば当たり前のようなことなんですが、実にこれはノーベル賞級の発見だったんです。というのも、ある記憶を再生するのその人の脳に頼る必要がなくなったからです」
「といいますと?」
「端的に言えば、今までですと脳に致命的な障害が出るとその部分の記憶は完全に失われてしまっていたわけですが、それが、その人の体の他の部分から再生できることになったのです。現在も多くの病院で脳梗塞などで障害の出た患者にこの方法は使われています。当社の方法がこれらの方法と比べて、一歩も二歩も進んでいるのは、こうした記憶の再生に生きている細胞を必要としないことです」
「よくわかりませんが」
「馬鹿、いや失礼。つまりですね、生きている細胞を必要としないわけですから、ミイラでも化石でも何でもいいわけです。ですから、たとえばナポレオンの髪の毛一本があれば、それからナポレオンの記憶を抽出できるわけです」
「すると、松山幸之介のメモリーも髪か何かから?」
「松山メモリーは、確か爪ですね」
「なるほど。爪の垢というわけですか」
「いえいえ、垢ではだめですよ。爪そのものでなくては。ところで、とりあえず自信のつくメモリーを三種類用意しておきましたが、ちょっと見て下さい」
「例の松・竹・梅ってやつですね」
「そういうことです。松が坂本竜馬、竹が長暇茂、梅が大文字吉之介となっていますが、どれにしましょうか」
「後の二人は知りませんが、坂本竜馬というと、あの幕末の土佐の、有名人ですよね」
「そうです。海援隊の創設者です」
「というと、武田鉄也のご親戚ですか?」
「私もよくは、知りませんが、多分、そういうようなご関係でしょう」
「じゃあ、私、カラオケの持ち歌が『贈る言葉』なんで、その竜馬さんでお願いします」
「松ということですね。わかりました。では、頭を出してください」
「何だか注射器みたいですねえ。私、小さい頃から注射が大の苦手でして」
「どうも苦手の多い人ですねえ。これから維新最大の功労者ともいうべき坂本竜馬になろうという人が何馬鹿な心配してるんですか。大丈夫。痛みは全くありませんから。ほら、こうやって頭に当てて、……」
 ポン!
「はい。終わりました」
「えっ、もう終わったんですか」
「はい。痛くなかったでしょ」
「ええ、それは。しかし、全然、坂本竜馬になったような気がしませんが、」
「効き目が表れるまで三十秒ほどかかりますからね。ほら、何となく変な感じがしてきたでしょ」
「そういえば、…………何だかお酒を飲んだような、ふわふわした気分になってきました−。…………ふへをむふひて、ああるこううおうおうお」
「ど、どうしたんです。いきなり歌い出したりして」
「ぼく、きゅーちゃんでーす。きゅっきゅっきゅー、おばけーのQ」
「おおい大変だ坂本違いだぞ。空を飛ばないうちに早く取り押さえろ」
「す、済みません主任、坂本はこちらのメモリーでした」
「は、早く注入しろ」
 ポン!
「私、猪玉先生の内弟子として育てられました。でから、泣きません。泣くと先生の、こらっ夏美泣くんじゃない、ちゃんと歌え、って声が聞こえそうですから。先生が聞いていると思って一生懸命歌います」
「ば、馬鹿。こ、これは演歌歌手の坂本夏美のメモリーじゃないか」
「す、済みません」
「慌てるな」
 ポン!
「そうですねえ、ボールがですね、こうナチュラルにカーブしてきますね、そこをですね、マインドをコンセントレイションしてバットでプルするわけですね。すると蛇居案津は永遠に不潔なんですね」
「こ、こらっ。これは用意しておいた竹の長暇茂のメモリーじゃないか」
「すすすすす、済みません。今度は間違いないです」
 ポン!
「え〜、毎度馬鹿馬鹿しいお笑いを一席」
「な、何だこれは?」
「大変です、主任。誰かがメモリーのラベルをめちゃくちゃに貼り変えています」
「だ、誰だ。そんな馬鹿なことしたのは」
「ははははは。知りたいかね、明智君」
「お、お前は?」
「私、怪人二十面相の仕業なのでR」
「おおい、そいつを早く捕まえろ。しかし、こんなにメモリーが混乱していると何だか心配になって来たぞ。私は、本当に私なんだろうな。念の為、保管しておいた私自身ののメモリーを注入しておこう」
 ポン!
「ふふふふ。ようやく気がついたようだね、二十面相君」
「た、大変だ。今度は、主任がおかしくなったぞ」
「早く本当のメモリーを注入しろ」
「な、何をするんだ二十面相君」
 ポン!
「はらひれほろ〜」
「げげっ、ますます変になってしまいました。ど、どうしましょう?」
「何でもいいから別のメモリー注入しろ」
「で、でも……」
「いいから、早く。わっ、こらっ、俺にするなっ!」
 ポン!
「もうむちゃくちゃでごじゃりますわいな」
「わわっ、か、係長までが。こ、これかな?」
 ポン!
「どうもすいません。こちらから半分休め。こちらから半分重点的にやりますからね。ほんと、体だけは大事にして下さいよ」
 ポン!
「ううむ、ちょこざいな小僧、名を、名を名乗れ!」
 ポン!
「はっはっは。私が、社長の松山幸之介である」
 ポン!
「ですから、こうマインドがですね、ナチュラルに考えるとですね」
 ポン!
「ハイヒールットラー!」
 ポン!
「わははははは」
 ポン!
「何である。私である」
 ポン!
「品川から見る海は最高じゃきに」
 ポン!
「私、泣きません。先生のために歌います」
 ポン!
「ふへをもむふひて、ああるこううおうおうお」
 ポン!
「お呼びでない。こりゃまた失礼いたしましたっ!」
 ポン!
「はらひれほろ〜」
 ポン!
「わははははははは」
 ポン!
 ポン!
 ポン!
                             《完》

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