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化石公園の伝説 [短編・雑文]

化石公園の伝説

「ふうむ…、この鍵が事件の謎を解くキーだな」
「そんなものがキーだなんて、キーてないよう」
 テレビでは、新進の漫才コンビ《ポット&ジャー》が、くだらない駄洒落を連発している。
 どこがおもしろいのか俺にはさっぱりわからないが、妻が、
「くっくっ」
 と笑いをこらえながら見ているところをみると、それなりにおもしろいのかもしれない。しかし、
−こんな無意味なことで貴重な休日を潰したくない。
 と、思った俺は馬鹿馬鹿しくなって外へ出ることにした。
 雲ひとつない快晴で、虫干しするにはもってこいの天気だ。久しぶりに少し歩きたくなった。
−さて、どこへ行こうか。
 と家の前で考えていると、突然、声をかけられたのだった。
「おや、《靴》さん、どこかへお出掛けですか」
 びっくりして振り返って見ると、町内の長老、《傘》である。
「あ、これは《傘》さん」
 このところ晴天が続いていたので、《傘》に会うのも久しぶりである。俺が生まれた時にはもうおっさんだったのだから、結構な年のはずなのだが、所々に破れが目立ち始めた以外は、褪色もなく折り目もびしっと決まっていて相変わらず元気そうだ。
 きちんと折り畳まれた姿には、単に体に気を使っている、というだけでなく風格というか老人としての折り目正しさとでもいったものが感じられる。
−彼のように年をとりたいものだ。
 と思いながら、俺は言った。
「いや、別に当てはないんですが、天気もいいので虫干しを兼ねてちょっとぶらぶらと。まあ、出歩くのは、《靴》としての私の本能みたいなものですから」
「なるほど、畳の上の《靴》さんというのはあまり絵になりませんからねえ」
 そう言ってうなずいた後、《傘》は少し不思議そうな顔をした。
「奥さんはご一緒じゃないんですか?」
「《ハイヒール》ですか」
「はい」
「あいつは家で寝てますよ」
「寝てると、いいますと、どこかお体の具合でも?」
「いえ、単なる怠惰です」
「はは。そんなこと言わずにせっかくの天気なんですから、ご一緒なさればいいのに」
「そうなんですよね、せっかくの天気なのに。あいつは《靴》のくせに歩くとヒールが減ってスタイルが悪くなるとか言って、出歩くのはあまり好きじゃないんですよ」
「なるほど、なるほど。しかし、たまには奥さんのすらりとしたおみ足も目の保養に拝見したいものですなあ」
「それこそ目の毒ですよ。寿命を縮めるようなことをしちゃいけません。ところで《傘》さんは、−」
 どちらへ、と言いかけて、俺は、
−おやっ?
 と思った。《傘》が出歩くのは雨の日と決まっているはずなのだ。
「あの、《傘》さんこそどうかなさったんですか。こんなに天気がいいのにお出掛けなんて」
「はは、《傘》ってものは別に雨が好きなわけじゃないんですよ。うちの親類には天気の日にしか外出しない《日傘》なんてのもいますからね。ま、私も雨が嫌いというわけでもないのですが、たまには乾かさないと黴が生えてしまいますから。ほら、この骨の所など少し錆かかってるでしょ」
 《傘》は、体を少し開いて中を見せてくれた。下から覗いて見ると、言われる通り銀色の骨の所々が茶色っぽくなっている。
「なあるほど。でも、最近の若い《傘》には見られないような太くてしっかりした骨組ですねえ。まだまだ現役で十分いけるじゃないですか」
「はは。《靴》さんはお世辞がうまいですねえ」
「いや、これほど太い骨組の《傘》なんて最近はめったにありませんよ」
「ま、流行遅れということですかね」
 しかし、言葉とは裏腹に誉められて悪い気はしないのか、《傘》はうれしそうに笑いながら体を閉じた。
「ま、健康だけが取りえですから」
「どうです、私もこれといった用事はないですし、もしあれでしたらちょいと時間潰しを兼ねて、その辺りを一緒にぶらぶらしませんか」
「いいですねえ。一人でぶらぶらするより二人で世間話でもしながら歩く方がずっと楽しいですからねえ。どうです、今日は天気もいいし、少し足を延ばして、ひとつ化石公園へでも行ってみませんか」
 というわけで、俺と《傘》は一緒に散歩することになった。
 こういう天気のいい日は湿気が飛んで実に気持ちがいい。最近、《百科事典》が、
「湿気追放が長生きの秘訣」
 という学説を発表していたが、うなずけないこともない。
 途中で出会った《三輪車》が、
「乗せてあげましょうか」
 と、親切に声を掛けてくれたが、急ぐ用事もないので、我々は世間話をしながらゆっくりと歩いた。
 《パソコン》と《ワープロ》が《プリンター》の取り合いで大喧嘩したとか、《パンティー》を盗み撮りした《カメラ》が猥褻罪で捕まったとか、《眼鏡》家自慢の美人娘で、「眼鏡小町」と謳われた《コンタクト》が家出して未だに行方不明だとか、《傘》老人は実に町内の様子に詳しい。しばらく姿を見ないと思っていた《ベータ・ビデオ》が珍品国宝に指定されたとか、《洋服ダンス》から追放された《ハンガー》がハンガーストライキをやっているとかいう話もこのとき初めて聞いた。
 そんな話をしながら二十分も歩くと化石公園に着いた。
 化石公園は、我々の前の時代の生物の化石が数多くあることで知られるこの辺りでは有名な公園である。《シャベル》と《スコップ》が穴掘り競争をしていて偶然見付けたものである。それが大々的に発掘され、今では「化石公園」としてきれいな整備された公園になっていのである。
 我々の前の時代の生物といえば何よりもまず木が思い浮かぶが、そして木の化石は確かに多いのだが、化石公園にあるのは、木の化石だけではない。
 池の底には魚の化石が沈んでいるし、枝に猫の木の化石が乗っている天然記念物「猫木」もある。木の化石の陰で抱き合ったままの人間の男女の化石もある。
 男女の化マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#マ#オた無機物には意識というものがあるのだろうか?
 世界的な哲学者《考える脚》の学説では、「意識はない」ということらしく、それが定説になっており俺も異論はないが、
−意識のない人生なんて実につまらない、いや、そもそも意識のない人生なんて人生とも言えないではないか。
 と、そんなことまでつい考えてしまう。
 公園の広場を《シーソー》と《ブランコ》がジョギングしている。木陰で遊んでいるのは、《空き缶》の子供達。その向こうの人間の化石に寄り添うようにして座っている白い《ジャンパー》と《赤いスカート》は、恋の語らいでもしているのだろうか。すべてが光の中で生き生きと輝いている。
 それが生命というものだ。
 生きている、ということだ。
 そんな光景を見ていて、俺は、しみじみと思った。
−《靴》に生まれてきて本当によかった。 と。
「…しかし、それにしても《新聞紙》君は、惜しいことしましたねえ」
 俺と同じように黙って辺りの景色を見詰めていた《傘》が、突然、何かを思い出したように言ったのだった。
 そのしみじみとした妙に落胆したような声が俺を現実に引き戻した。
「えっ、《新聞紙》君がどうかしたんですか?」
−おや、まだご存じない。
 という顔をした《傘》は、体を開いて驚きを表現した。
「《新聞紙》君、つい先日、お亡くなりになったんですよ」
「ええっ!」
 驚くとは、こうこうことをいうのだ。
 《新聞紙》といえば、妻の《折り込みちらし》との仲もよく「おしどり夫婦」として有名で、また町内きってのインテリ夫婦としても尊敬されている存在だったのだ。
 俺も、何度か夫婦喧嘩の仲裁をしてもらったことがある。
「そういえば最近見かけないと思ってましたが−。で、死因は何なんです。酸性紙特有の疲労性黄変死ですか?」
「それがですねえ、…」
 《傘》は、深い吐息をついた。
「何と言うか、まあ相手が悪かったんでしょうねえ」
「相手が悪い、といいますと?」
「殺されたんですよ」
「こ、殺された!」
 一瞬、息が止まり、靴紐がだらしなく緩んだ。
「だ、誰なんですか、いったい、その、《新聞紙》さんを殺した犯人は?」
「あなたも知ってるものですよ」
「私も知ってる?」
「《ライター》ですよ」
 温厚な長老にしては珍しく、《傘》は、吐き捨てるように言った。
「《ライター》!」
−あいつか。
 と俺は思った。
−あいつならやりかねない。
 町内でも札付の無法者《ライター》は、別名ジッポともいい、近付いただけで油の匂いがする、年中シンナー中毒のような奴なのだ。体つきも武骨で、インテリの《新聞紙》とはおよそ対極にある無学者である。
「で、原因は何なんです?」
「………」
 その時、俺は、ある重大なことを思い出した。
「しかし、《傘》さん、ちょ、ちょっと待って下さい。《ライター》は確か、以前《カーテン》さんを燃やそうとして刑務所へ入れられたんじゃなかったですか。私の記憶ではまだ期限は残っていたはずですが」
「それが出て来たんですよ」
「出て来た?」
「はい」
「また、どうして?」
「ああいう奴に限って権力には弱いですからねえ。刑務所の中では模範囚で、刑期がまだ三分の一も残っているというのに、一か月ほど前に仮釈放されたんですよ」
「で、でも、原因があるでしょう。原因が。いくら《ライター》がやくざな奴だといっても訳もなく殺しをやるとは思えませんが」
「勿論、原因はあります」
「自分の無学を笑われて、かっとなったとか?」
「いや」
「油臭いと言われて怒りに火が点いたとか?」「いいや」
「だったら、何なんです、いったい?」
「………」
 《傘》は、なぜか急に口ごもった。
「いろいろありまして、原因までは、ちょっと私の口からは…」
 その時だった。
「浮気よ。浮気」
 我々の知的な会話に、突然、けたたましく甲高い声が割り込んできた。
 驚いて横を見ると真っ赤な色が飛び込んで来た。《帽子》だった。町内でも有名な情報通のおしゃべりおばさんである。
「まさか…」
「嘘じないって」
「だって、あそこは、−」
「有名なおしどり夫婦だって言いたいんでしょ」
「まあ、−そうですが」
「ほほほ、若いわねえ。《靴》ちゃん」
「すると、違うんですか?」
「勿論のもちもちよ。あなたねえ、夫婦の仲ほど外から見てわからないものはないのよ。あそこ、夫婦揃ってインテリでしょ、だから何も形ばかりのお上品なものだったのね。そんなところに現れたのが、刑務所でずっと女に縁のなかったため、いつもにもまして油ぎった《ライター》なのよ。《折り込みちらし》ちゃん、そんな粗野なところににひかれちゃったらしいの。何でも最初はレイプまがいのものだったらしいけど、その荒々しさが忘れられなくなっちゃったのね。私、《本》さんに見せてもらったことがあるんだけど昔、人間にもチャタレイ夫人って同じような人がいたらしいわよ。ね、私も座っていい」
「あ、ど、どうぞ」
 俺は、あわてて化石の足先に移動した。併せて《傘》も化石の胴体の部分に移動する。どういう理由か《帽子》は人間の化石に座る時は、頭の部分にしか座らないのだ。
「ありがと。それでね、しばらくは旦那の留守に隠れてやってたらしいんだけど、ばれちゃったわけ」
「ばれた。−」
「そうなの。《折り込みちらし》ちゃんの体に《ライター》の油のしみがあったのね」
「そりゃあ、怒ったでしょう、いくらインテリだからって《新聞紙》さんも」
「怒ったも何も、二人が会っている現場に血相変えて乗り込んだのよ」
「で、どうなったんです?」
「だから、相手が悪かったと言っただろ」
 ぽつりと《傘》が言った。
「そうなのよねえ」
 いつもは陽気な《帽子》おばさんの口調も心なしか沈んでいる。
「《新聞紙》さん、怒り狂って《ライター》に殴りかかったのはいいけど、相手は金属で自分は《新聞紙》でしょ、いくら殴っても全然きかないわけ。で、《ライター》がぼっと火を点けたらたちまちめらめらと燃えて一巻の終わり。破られたくらいならまだ《セロハンテープ》さんに治してもらえたんだろうけど、灰になっちゃったらもうおしまいよね。風でさーっと飛んじゃって、−残酷よねえ、死体も残らないなんて。《折り込みちらし》ちゃんもショックのあまり、窓から身投げして風に吹かれてどこかへ飛んで行っちゃったし…。もう止めましょ。こんな暗い話」
 短い沈黙があった。
 聞こえてくるのは、《空き缶》の子供達の明るい笑い声。
「命あるもの、いつかは滅びるんじゃて」
 《傘》が、しみじみと言った。
俺は胸に込み上げるものを感じながら、雲一つない青空を見上げて思った。
−人間のような無機物はいいなあ。死ぬということがないのだから……。

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