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作品雑談2 [映画の雑感日記]

★アラン・ドロンの2大名作
 ここ30年くらいの映画界は、言ってみれば「アメリカ映画の一人勝ち」で、洋画といえばイコール=アメリカ映画のようなものだが、30年も昔の私の青春時代には、間違いなくヨーロッパ映画というジャンルがあった(後でスピルバーグの項で書くことになると思うが、ヨーロッパ映画の不振が映画のお子様化という事態を生んでいることは記憶しておいてよい)。一般的に言って、ヨーロッパ映画は、おしゃれで芸術的という印象があったが、それだけでなく興行的にもヒットしていたということが重要である。
 という話から、いきなり、アラン・ドロンである。私たちの年代にとっては、二枚目といえば、ディカプリオでもブラッドピットでもなく、もちろんロバート・レッドフォードでもタイロン・パワーでもエロール・フリンでもなく、文句なしにアラン・ドロンのことだった。美女の代表としてよく名前が挙げられたエリザベス・テイラーには異論があったが、美男子の代表としてのアラン・ドロンには、当時も今も全く異論はない。が、だからといって別にドロンの熱烈なフアンというわけではない。そんな私が、彼の映画を最初に取り上げるのは、最近引退を宣言したことに敬意を払って……、のことでもない。我が家に数百本あるビデオコレクションの整理番号のNO.1が「太陽がいっぱい」、NO.2が「冒険者たち」となっているので、それに倣っただけである。
 アラン・ドロンが出演した映画は、私とはどうしても生理が合わないルキノ・ヴィスコンティー監督の「若者のすべて」、ミケランジェロ・アントニオーニの「太陽はひとりぼっち」、三船やブロンソンも出た007テレンス・ヤング監督の西部劇の佳作「レッド・サン」、その他ギャバンと競演したアンリ・ベルヌイユ監督の「地下室のメロディー」(ミッシェル・ルグランの音楽に合わせてのタイトルの出し方はかっこいいのだが、話がすぐよれよれになってしまうのが残念)、二役を演じた「黒いチューリップ」や「アラン・ドロンのゾロ」「さらば友よ」等10本以上は確実に見ているが、おそらく映画史に残るのは上記2本だけだと思う。
 先に見たのは「太陽がいっぱい」なのだが、実は封切時(1960年に封切られた「ベン・ハー」と同じ頃だったと思う)に見逃していてリバイバルで見たのである。監督のルネ・クレマンは「禁じられた遊び」「海の牙」などで知られるフランス映画の巨匠。原作は、パトリシア・ハイスミス(ちなみに映画では主人公トム・リプレイは、逮捕されるだろう暗示で終わっているが、原作ではまんまと逃げおおせ後にトム・リプレイ物というシリーズを構成するほどになる。私は、角川文庫の「太陽がいっぱい」しか読んでいないが原作もけっこういける)。この映画は、語り出すと止まらなくなるので青い海と白いヨットが、などということはここには書かない。ニーノ・ロータの甘い主題曲についても書かない。ヒロイン=マリー・ラフォレの不感症的大根演技についても、この雑文を書き始めたばかりだから取り敢えず悪口を控え、特に印象に残るところを2箇所だけ挙げることにする(ストーリーについては書かない。この名画を見ていない人とは話をしたくないくらいのものである。絶対に見ておいて損のない映画の1本なので、まさかとは思うが未見の人は是非見て欲しい)。
 一つは、ドロン演じるトム・リプレイが魚市場をさまようように歩くシーン。現代音楽風の速いテンポの音楽と共に、魚の顔の短いカットをつないだモンタージュで、リプレイの不安を実にうまく出しているシーンである。エイの顔が代表的なんだけど、魚の顔って妙に不安気で悲しそうなんですねえ。
 もう一つはラストのちょい前、海岸の椅子に横たわるリプレイに対して女性が「どうかしたんですか?」ときく。リプレイは、「いや、太陽がいっぱいなんで、……最高だ」というようなことを言う。その時の、ドロンの実に満ち満ちた表情。かのフアウスト博士ならこの瞬間間違いなく「止まれ、お前は美しい」と言ったはずである。凡人の私としては、とてもそんな気のきいた台詞は言えないが、50を過ぎた今も、一生のうち一度でいいからあんな気分を味わってみたいものだ、と思うばかりである。
 「太陽がいっぱい」は「ホモセクシャル」の映画だと作家の吉行淳之助との対談で語ったのは、淀川長治である。最初は「そんな馬鹿な」と思ったのだが、そういう目で見るとそんな気がしないでもない。ドロンに対してもそういう噂は付きまとっており、淀川についてもそんな噂を聞いたことがあるのでちょっと誤解を受けやすい発言だが映画にはいろいろな見方があっていいので、その意味ではなかなか鋭い意見と言えないこともない。
 「冒険者たち」は、学生時代に友人の清水義範から「もしかすると『太陽がいっぱい』よりいいかもしれないぞ」と言われ、名駅前の毎日地下劇場で半信半疑で見た。というのも、それ以前にヴィスコンティーの「若者のすべて」という映画を清水に薦められて見に行ったのだが、彼が言うほどおもしろいとはとても思えなかったからである。結果は、映画が終わってからしばらく立ち上がれないほど感動した。「太陽がいっぱい」より上、とは簡単に断言できないが、これもまた素晴らしい映画であった。
 スピードカーに賭ける男(リノ・バンチェラ)がいて、凱旋門の下を飛行機で潜ろうという男(アラン・ドロン)がいて、新しい芸術に賭ける女(ジョアンナ・シムカス=シドニー「夜の大捜査線」ポアチエ夫人になっちゃったけど、結婚はまだ続いているのかしら?)がいて、夢破れてアフリカへ宝探しに行き、宝を見つけるがその宝を狙うギャングとの銃撃戦で女は死に、最後はドロンも死ぬ。どう考えてもめちゃくちゃなストーリーである。にもかかわらず、映像の詩人=ロベール・アンリコ監督は見事な叙情的映像でこのむちゃくちゃなストーリーを見事につないでしまい、見る者を感動させてしまうのである。映画には、ちゃんとしたシナリオが必要なのだが、しかし、いいシナリオがあればいい映画ができるというわけでもないことが、この映画を見るとわかる(「いいシナリオからいい映画ができるとは限らないが、悪いシナリオからいい映画は絶対にできない」というようなことを我が黒澤明は語っているが、「冒険者たち」は、そのほとんど唯一の例外である)。車と共に跳ぶ飛行機、沈む大きな夕陽、ラストの闘いが行われる廃墟のホテルのような島、どれをとっても強く印象に残る。大学に入ってもそこは考えていた世界とは違い、何かうまくいかないなあ……、という時だったので「そうなんだなあ。純粋に自分の夢に生きようとすると死ぬしかないのかもしれないんだなあ……」と納得し、よけい感動してしまったのかもしれない。
 その後、社会人になり、「冒険者たち」がビデオ化されるとすぐに買ったのだが、ラストのピアノソロの部分にアラン・ドロンの「レティシア……」という歌が被せられていたのには唖然呆然。どうしてこういう馬鹿なことをするのだろう。私は、「冒険者たち」のサントラ版(45回転のドーナッツ盤)を持っているが、アラン・ドロンの歌は、本来の劇場版にはなく、いわばレコードのおまけとしてB面に入っていたものなのである。おいおい、これではせっかくの余韻が台なしじゃないか。さすがに後に買ったノートリミング版のレーザーディスクではそんなことはなかったが、おかげで私は「冒険者たち」のレーザーディスクを2枚も買うはめになってしまったのである。
 当時、この映画は大して評判にならなかったが映画好き、あるいは映画関係者には大森一樹など熱狂的なフアンが多く、以後、男2人に女1人というロードムービー風映画が五万と出来た(「太陽がいっぱい」のアラン・ドロン、モーリス・ロネ、マリー・ラフォレという男2、女1という関係も一見似ているが、こちらはSEXも含めた関係で、「冒険者たち」のような恋愛感情を秘めながらも表には出さず、友達関係のように推移していくパターンとは、明らかに異なる)。
 というわけで、当然、どっちが上か、ということになるのである。ドロンの役者としての魅力という点では断然「太陽がいっぱい」だが、映画としては、と考えるとなかなか難しいものがある。どちらも極めつけの青春映画の傑作なのだが、内容的には、戦車と寿司とではどっちが偉いか、と自問しているようなもので、どだい比較するようなものではないのだ。で、最近ではこういう見方をしている。どちらも落ち込んでいる時に見るといい映画なのだが、落ち込み度が少ないときは「太陽がいっぱい」、大きいときは「冒険者たち」がいい。というのも、「太陽がいっぱい」を見ると、「くそっ、俺もいっちょうやったるぞ」という気になるからである。しかし、落ち込みが大きいと、そんな気にもなれない。そんな時には半ばドロップアウトしているような「冒険者たち」の方が結末は悲惨にもかかわらず妙に甘味なところがあって心が落ち着くのである。
 だから、その時にドロンの2大名作のうちのどっちの映画が見たいかで私の場合、自分の精神状態がたちどころにがわかるという、これはまるで精神のリトマス試験紙のような映画なのである。


★家族で見た2本の映画
 小学生の時はともかく、高校以降私が家族と一緒に映画館へ行って見た映画はわずかに2本である。父が亡くなり、母も映画館へ行くなどということはしなくなってしまった今となっては、この本数が増えることは絶対にないと断言できる。そんな意味でも私にとっては特に思い出深い貴重な2本の映画について書こうと思う。2本の映画とは、「アラビアのロレンス」と「サウンド・オブ・ミュージック」。どちらも映画史に残る名作である。前者は両親&弟と高校の時に、後者は母親&弟と大学の時に、いずれも70ミリ映画上映館の(今はなき)テアトル名古屋で見た。
 まず、「アラビアのロレンス」から。
 封切りの半年も前から発売されていたサウンドトラック盤のLPを買い、毎日のように聞いていたので、漏れてくる音を父も聞いていたのだろう。家族でどこかへ行くなどということはめったにしなかった父が珍しく「みんなで見に行こう」と言い出して実現したものである。
 私は高校生になっていたが、「全館指定席」というのが、まず「大作」というイメージをかきたてて上映前からワクワクしていた。実は、このロードショーではその後の2番館やリバイバル上映では見られないある素晴らしい仕掛けがあったのである。というのも、この映画は画面が出る前にあまりにも有名な序曲が5分ほどのあるのだが、序曲が始まると同時にスクリーンに「第一次世界大戦の頃……」という当時の中東情勢を解説する文章が青いカクテルライトと共にくっきりと浮かび上がったのである。トーマス・エドワード・ロレンスといっても日本では全くといっていいほど知られておらず、ほとんど何の前知識もなく、ただ大作で出来もいい、という評判だけで見に来た人間にとって、これは実にありがたいものだった。それにただ序曲を流しているだけよりも、第一雰囲気がある。こういうことをサービスと言うのである(ちなみに二番館のオーモン劇場では暗くなって序曲が流れ出すと当たり前のことだが映像が出ないので観客が騒ぎ出し、仕方なく明るいままで序曲を流し、序曲が終わるとともに場内が暗くなって映画がメイン・タイトルのシーンから始めた)。モーリス・ジャールの映画史に残る音楽の素晴らしさについては、すでに書いたので繰り返さない。
 砂漠の美しい景色から始まるのかと思ったら、いきなり主人公が死んでしまうのにも驚いた。が、よく考えてみると何度もオートバイの手入れをしていることでロレンスの神経質な側面を知らせ、オートバイのスピードを調子に乗ってぐんぐん上げ、事故で死んでしまうというのは、オレンスとして慕われ、砂漠の英雄と持ち上げられ、失意のうちに帰国するというロレンスのアラビアでの行動をあらかじめ提示していると言えないこともない。さらに葬式のシーンでロレンスに対する評価は様々で、そういう複雑な部分もある人間だったのだ、とわかる。うまいシナリオである。
 トルコ軍の飛行機による襲撃にあったファイサル王子(アレック・ギネス)が、がっくりとうなだれ、悄然として顔を上げると煙が晴れてそこにまるで救世主のようにロレンスがいる、というシーンなど画面展開がうまいので特に印象に残る。ロレンスが白い服を着て自己陶酔のように走っているところに突然アウダ・アブタイ(アンソニー・クイン)が現れる場面なども映画の教科書に載せたいほどうまい。
 とにかくこの「アラビアのロレンス」という映画は、構成の確かさ(とくに前半のテンポがよい)、映像の美しさ、音楽のよさ、俳優たちの名演(この時新人だった主役のピーター・オトゥールはじめ、アレック・ギネス、アンソニー・クインら実にそれらしい人間がそれらしい役をやっている)、ネフド砂漠越えの緊張感、アウダの陣地から出陣など、そのスケールの大きさからいっても、間違いなく映画史に残る映画である。
 誉めだしたら切りがないが、一つだけ挙げるとしたら、やはりアカバの町を攻撃するシーンだろうか。アカバの町へ侵入して行くロレンスたちからカメラがずーっと移動してくると海に向けられた大砲が写り(観客は、アカバの大砲が海に向けられており、砂漠にの方には向けられないことを、すでに知っている)その向こうに青い海が見える場面は、茶色い砂漠のシーンが続いた後だけに思わずはっと身を乗り出させるくらいに美しい。「ロレンス」のこのシーンや「ライアンの娘」のパラソル落下シーンや森でのメイクラブのシーンなどデビッド・リーンは本当に凄い。印象に残るシーンというとヒッチコックやキューブリックの映画がよく引き合いに出されるが、全然負けていない。脱帽するのみである。
 3時間を超える長編であるが、何度でも見たい名画である。そんな人はまさかいないと思うが、この映画を見ていないで映画フアンだという人がいたら、その人は間違いなく嘘つきである。そういう人とは付き合わないほうがいいし、付き合いたくない。。少なくとも私は、そんな人と映画の話はしたくない。ピーター・オトゥールは、この後リチャード・バートンと共演した「枢機卿」やオードリー・ヘプバーンと共演した「おしゃれ泥棒」「なにかいいことないか子猫ちゃん」「チップス先生さようなら」「将軍たちの夜」「ロード・ジム」、そして「ラスト・エンペラー」の先生役などに出たが、遂にロレンスのイメージを突き崩すことはできなかった。それほどのハマリ役だったと言える(実際のロレンスは、小男だったそうだが……)。だからといってダメな役者と決め付ける気はない。生涯でこれほどの名作に主演でき、それを立派にこなしたことをむしろ祝福したいと思う。
 「サウンド・オブ・ミュージック」は、高校時代に熱中した「ウエストサイド物語」のロバート・ワイズが監督したミュージカル映画だというので試写会の申し込みをしたら当たって、けっこう満足して帰ってきた映画である。試写に先立って「この映画は皇太子御一家(今の天皇一家)も見られた云々のあと映画は始まった。そのあと、少し日にちをおいて、今度は家族で有料で見に行った。立て続けに2回見たわけだが、「2001年宇宙の旅」もそうなのだが、ビデオなどない時代なのでこういうことが何度もあつたったので不思議でもなんでもない。
 ファミリー映画だからといって馬鹿にしてはいけない。音楽というものが、歌というものが人生にとってどれほど大切で、その人の生き方まで変えてしまう力があるものかをこれほどストレートに訴えている映画は他にないと言ってもいい。
 それは、歌う人の人数を考えればわかる。巻頭、マリア(ジュリー・アンドリュース)が一人で歌っていた「サウンド・オブ・ミュージック」は、後にトラップ家の子供たち全員の歌となる。トラップ大佐が子供たちと心を通じ合わせる場面で歌う「エーデルワイス」は、初め大佐一人で始まりやがて子供たちとの合唱になる、さらにコンサート会場ではオーストリア国民全体の歌になるのである(感動的な名場面)。修道院の院長がマリアに向かって歌う「すべての山に登れ」(マリアが大佐の家に戻る決意をする重要な場面で、サウンドトラック盤LPにも収録されているこの歌が、封切時カットされていたことには、稿を改めて触れる)は、ラストシーンでトラップ家全員、いや映画を見ているすべての人に向かって歌われるのである。オスカー・ハマースタインの詞がまた絶品で、「……すべての山に登り、流れを渡り、虹を追ってあなたの夢をつかみなさい」と歌われると見ているこちらも「本当にそうだよなあ」と思ってしまう。映画全体としては後半やや乱れがある(ナチスとのやりとりは合唱コンクールのシーンで実にうまく処理されているのだから、他の部分は半分でよい)のが残念だが、歌の力というか、映画の力は本当に恐ろしい。
 画面構成としては、マリアが子供たちと家を出て、「ドレミの歌」を歌うシーンが何といっても圧巻である。「ウエストサイド物語」の冒頭のシーンでもワイズのつなぎのうまさには感心させられるのだが、「サウンド・オブ・ミュージック」でも冒頭の空撮からマリアが歌い出すシーンへのつなぎなど見る者を思わず「ううむ」と唸らせるものがある。「ドレミの歌」は、そのワイズの能力が最高度に発揮されたシーンと言えよう。まるでオーストリアの観光案内のように美しい景色を背景にマリアと子供たちの歌を通して心がどんどん一つになっていく時間の経過が「ドレミの歌」という1曲の歌の初めから終わりまでの間にきちんと、それも実に魅力的に描かれているのである。
 ちなみに主役のジュリー・アンドリュースは、舞台の「マイ・フェア・レディ」のイライザを演じた女優で、映画「メリー・ポピンズ」でアカデミー主演女優賞を取り、「ハワイ」「スター」「ビクター・ビクトリア」(「ティファニーので朝食を」「ピンク・パンサー」などの監督で、夫のブレーク・エドワーズ監督。ちなみにこの監督の映画がおもしろかったためしがない)等の映画に出ているが、何といっても「サウンド・オブ・ミュージック」におけるマリアが最高の当たり役だろう。封切られた年の「映画の友」「スクリ−ン」両誌のフアン投票で1位になったのも何となくわかるような気がする。実際ミュージカルスターとしてのジュリー・アンドリュースの実力は歌はもちろん踊り、演技ともに大したもので、私は彼女が舞台で主演した「マイ・フェア・レディ」もオードリー・ヘプバーンではなくジュリー・アンドリュース主演で映画化してもらいたかったのだが(舞台版のLPレコードは買った。もしかして値が出ているかも?)、それは遂に幻に終わった。なお、ある映画評論家が、きれいになってからはオードリーに軍配が上がり、それ以前はジュリーに軍配が上がると書いていたが、至言である。ついでにもう一つ。「王様と私」のデボラ・カー、「ウエストサイド物語」のナタリー・ウッド、「マイ・フェア・レディ」のオードリー・ヘプバーンの歌の吹き替えをやっているマーニ・ニクソンが修道女役で出ているので、興味のある人はお見逃しなく。吹き替えばかりやっている人なので、さぞかし不細工だろうと思っていたら、歳こそそれなりにとっていたものの、けっこう美形な人でした。
 ところで、この映画、いわゆるファミリー映画ということもあるのか評論家の評価は意外に低いものがあった(確かキネマ旬報では10位)。なんとなくこういう映画を誉めるのは、抵抗があるのだろう。しかし、観客は正直である。ラストシーンでトラップ一家がアルプスの山を越え、その姿が消えていってENDマ−クが出ると、試写会のときも二度目に見たときも、期せずして場内から割れんばかりの拍手が起こったのである。ロードショーの劇場では、後にも先にも初めてにして最後の体験である。


★我が007
 007シリーズのことを書こう。007は、今は英語風にダブル・オー・セブンと言うことが多いが(事実映画の中ではそう呼ばれている)、高校時代に私が見た頃は、ゼロ・ゼロ・ナナと言っていた。原作者イアン・フレミングも早川書房の「EQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリマガジン)」に都築道夫が紹介記事を書いた時は、アイアン・フレミングと言われていた時代である。
 私の007初体験は、第2作にしてシリーズ最高傑作の「007危機一発」(「一髪」の間違いではなく「一発」。のちに原題通りの「007ロシアから愛をこめて」と改題された)。そのあまりのおもしろさに第1作の「007は殺しの番号」(これも後に「007ドクター・ノオ」と改題)を見、以来見続けること30数年、007シリーズは全部見ているが、しかし、未だに「007ロシアから愛をこめて」を超える作品にはお目にかかっていない。
 というわけで、ともかく「007ロシアから愛をこめて」の話をしないと私の007は始まらない。高校時代、この映画がおもしろい、と私に言ったのは友人の神谷修一という男である。ともかくかっこいいというのだ。この男は、主演のショーン・コネリーを真似て吊りバンドをし、一緒にやっていた同人誌にも「004号ブリーン・ケインズの冒険」なる小説を書いたほどイレ込んでいたのだが、「十戒」を見ても海の割れるスペクタクルシーンよりもヘストン演じるモーゼが実の母親とも知らずに石に潰されそうになった老女を助けるシーンに感動するという、ちょっと変な少女趣味的鑑賞眼のある男なので、私は「ホントかいな」と半ば疑いながら映画館へ行ったのである。
 翌日、彼の顔を見るやいなや私は言った。
「めっちゃんこおもしろかったわ、あれ」
 この映画に関しては、映画が先で原作(後半は映画とはかなり違う)を読んだのは映画を見たほぼ1週間後である。つまり、私は、ほとんど何の予備知識もなしに「危機一発」を見たのである。巻頭いきなりボンドが殺されてしまい「あれれっ」と思っていると始まる意外性がまず得点1(このタイトル前にひとシーンというパターンは、以後のシリーズの定番になった)。ショーン・コネリーが「ボンド、ジェームズ・ボンド」とホテルのフロントで言うだけで、そのかっこよさにまた得点1。歴代ボンドで、アタッシュケースを持って歩いているだけで「うーむ」と唸らせたのは、このコネリーだけである。
 「危機一発」については多くの人が007の最高傑作と言い、今は無きオリエント急行内での闘いやヘリコプター撃墜シーン(ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」のパクリだが単なるパクリではなく、一工夫ある)について書かれた文章は五万とあるので、ここでは書かない。もちろん列車が動き出してからの後半の息をもつがせぬ活劇シーンの連続は感涙ものだが、それも前半がうまく作られているからこそ、と言いたい。
 それでもちょっとだけ書くと、ボンドが乗っている列車が動き出してソ連のKGBが慌てて飛び乗り、さらに列車が動いていくと窓にスメルシュの殺し屋ロバート・ショーの顔が見える、というシーンなんかうまいなあ。この列車のまどをざーっと舐めていく手法はザグレブの駅の場面でも効果的に使われている。ヘリを撃墜するシーンにしても、ただライフルで撃ち落とすのではなく撃たれた男が手榴弾を落としてヘリが爆発する、というふうにきちんと手順をふんでいる。監督のテレンス・ヤングあくまで冷静で緻密である。座布団2枚といったところである。
 そこで前半部分の話だが、たとえば、ボンド暗殺計画を立てるチェスの名人。チェス選手権の最中に呼び出しがかかると、ただの一手で相手を投了させて本部へ出向くのだが、ただかっこいいだけでなく、見る者に、こいつの立てた計画をかいぐるのは大変だぞと思わせるのにこれほど効果的なシーンはない。スメルシュの親玉も、破れた闘魚を猫に与える仕草などに冷酷さがよく出ており、顔が見えないのも大物感があっていい。イスタンブールの地下水道もあらかじめ偵察の時にこうなっているんだということを提示しておき、レクター(暗号解読器)を奪取する時に突然出てくるわけではない(この地下道、現実にはソ連=現・ロシア大使館まで続いているわけではないことを、最近、イスタンブールへ行った清水義範から聞いたが、映画はあくまでフィクションなのだが別に秘密の地下道があるのだ、とでもしておこう)。忘れてはならないのが、この映画で初めて見たロバート・ショー。もし現実にスメルシュという組織があったらこんな男がいるのでは、と思わせるほど存在感があり、かつ怖かった(彼については、後でまた書く)。そんな相手だからボンドも大変だが、相手が強ければ強いほど活劇はおもしろくなるという見本のような映画であった。相手が地球制服を企むのではなく、会社乗っ取りを企む程度では007は成立しないのである。
 ボンド・ガール最高の美女は多分「サンダーボール作戦」(やや退屈な映画だが、クラッマックスの水中翼船のアクションには感心した)のクローディーヌ・オージェだと思うが(ちなみに彼女が「パリの哀愁」という東宝映画でジュリーこと沢田研二とベッド・シーンをするというので私はそのシーンを見るだけのために映画館へ行ったのが、映画は予想通り駄作でも、彼女のヌードだけはいやあけっこうな目の保養でしたねえ)、私はこの第2作のちょっとクールな感じのあるダニエラ・ビアンキがお気に入りである。ビアンキがボンドのベッドにさささっと入るシーンは映画では一瞬でよくわからないので、後にビデオのコマ送りで確認したところ、豊満な全裸の後ろ姿が見え、私は思わずふふふとほくそえんだのであった。馬鹿だねえ。
 この後、007は何作も作られ、現在もピアーブ・ブロスナンをボンド役に作り続けられており、第10作の「007私を愛したスパイ」(原作はほとんどポルノ小説で映画とは無縁。ボンド役はロジャー・ムーアでそれまでの作品のパロディーが随所に出てくる)やプロスナンの「007ゴールデン・アイ」などそれなりによく出来ている。が、依然としてこの第2作の「007ロシアから愛をこめて」を超えるものはない(ただし、主題歌に関してはマット・モンローが朗々と唄うこの映画の主題歌より、日本を舞台にした珍品「007は二度死ぬ」のナンシー・シナトラの主題歌が最高傑作だと私は思っている。この作品、都内の謎の場所が明らかにホテル・オークラだったり、謎の島が誰がどう見ても阿蘇山だったり、ショーン・コネリーがあのまんま日本人になったり?と、ともかく凄い)。
 その理由の一つに、当時まだソ連という国があり、一見荒唐無稽に思われストーリーにもかかわらず、米ソ冷戦の中ではもしかするとこれに近いこともあるのかもしれない、と思わせる現実音がバックに流れていたことも見逃せない。ソ連崩壊後、所謂スパイ映画が作りにくくなったのは事実で、最近の007はCIAの裏切者だったり、メディア王だったりと苦労が忍ばれる。つまりブロスナン=ボンドは別に英国のスパイである必要はなく、せっかくジェームズ・ボンドというキャラクターがあるのだから、このキャラクターを使って大作アクション映画を作ってみよう、というのが最近の007ののりだと思うのだがどうだろう。それはそれで成功しており、ブロスナン=ボンドが活躍する「ゴールデン・アイ」はアクション映画としてそれなりのレベルにあり、「トモロー・ネバー・ダイ」に至っては傑作といってもいい。ボンド・ガールのミッシェル・ヨーもただボンドと恋に落ちるというだけの存在ではなく、アクションも見事にこなして座布団一枚といった出来にある。2000年に封切られた「ワールド・イズ・ノット・イナッフ」もアクション映画として、悪くはない。
 その意味では、007が、殺人許可証を持つスパイとしての007だった時代は、ショーン・コネリーの降板と共に終わり、後は007という同名だが以前とは全く別の、スパイ映画の要素も含んだアクション映画がスケールをアップしながら今まで続いている、と考えるのはうがちすぎだろうか?
 蛇足だが、イオン・プロ以外の007映画として「カジノ・ロワイヤル」と「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」がある。映画史に残ろうかというほどの大駄作である「カジノ・ロワイヤル」は論外として、「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」はショーン・コネリーが久々にボンドを演じたというのにどうもピンとこない。MがいてQがいて、マネー・ペニーがいて、ジョン・バリ−の音楽があってボンドがいるという構造こそが007シリーズを支えているのだということが、この映画を見るとよくわかる。コネリーが演じていても彼一人だけでは007映画は成立しないのである。
(ブロスナンが降りてもう打ち切りかと思ったら、またまたロシアの某首相に似ている男優を起用して新しい007が始まった。それも、原作では第1作目の「カジノロワイヤル」である。もしかして、またこの第1作から順々にシリーズ化していくつもりなのだろうか。んな馬鹿な)
[たらーっ(汗)]
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